無端如環

東洋医学を始めとして、色々な事について書いていきます。

水沢節 

水沢節 f:id:shuji0211:20170511205631j:plain [陽陽陰陰陽陰]は、上が水、下が沢という卦。

 

卦辞は、「節、亨。苦節不可貞。」(句読点は私説)

 

つまり、節があっても通じる(極而変、変而通、通而久)と無端如環(如環無端)する。

 

但し、苦節であればそれはその節(太極)の中に納まるか、その太極を乗り越えて変ずるべきである。

 

 中庸を大切にする儒教であれば、その節の中に納まるべきで、その社会や枠組みから外れない事を第一義としますが、これは小さな太極であり、もう少し視野を広げると、

異なる太極の枠組みを構築できれば、そこに拘泥する必要はなくなります。

 

 このようにして人は進歩と退化の道を行ったり来たりしているのだと。

 

その為、

 

 初爻は「不出戸庭、无咎。」太極の窓、枠組みからでなければ問題ない。

     こていをいでず、とがなし

 

 二爻は「不出門庭、凶。」太極の門や枠組みから出ないのは問題が生じる。

     もんていをいでず、きょう

 

 三爻は「不節若則嗟若、无咎。」節度を守らなければ後悔するが、大きな問題はない。   せつじゃくならざればすなわちさじゃくたり、とがなし

 

 四爻は「安節、亨。」節度を守る事で安定し、何事も通じる。

     せつにやすんず、とおる

 

 五爻は「甘節、吉。往有尚。」無理をせず、節度を守る事ができているので良い。

     せつにあまんず、きち。ゆきてたっとぶあり

 

 

 上爻は「苦節貞凶。悔亡。」節度を持ちすぎて(太極に拘り過ぎて)問題が起こる。

     くせつただしくしてきょう、くいほろぶ      後悔することになる。

 

 1つ1つは節制、節度(太極)の重要性を語っていますが、初爻、二爻で節の陰陽が語られています。

 

 武道の修練度合いでの守・破・離という段階を考えると、守と破の間の節、破と離の間の節は二爻となりますが、ベースとして節の範囲内を守っているからこそ、この節が理解できる事を示しています。

 

 下卦では、人生でも礼節を守らない事で、他の方への信頼を失うことがありますが、それによって将来自分が大きな失敗をしたと感じる事ができれば、それは大きな時限プレゼントを自分で埋め込んだ事であり、礼節を守り続けた人には理解も体感もできない次の環へ飛び移る為のステージが見えている事になります。

 

 上卦では、その苦節を土台とした人達は節度に関する知識と体験が身についている為、自由に動いた上で節度(自分の太極)を守れている。無理をしていないが節度を守っている。節度に意識を置いてしまうと今度は心身を滅ぼす事態になる事を示してくれています。

 

 身体的には元気でも、夏に入っていく時期に冷飲を続けると、この卦のような身体状況になります。

 

 つまり、下半身は熱があるが、お腹は冷え、上半身は気候の加減やその時の感情、

心の状態によって陰陽(寒熱)の変化が起きやすい状態です。

 

 そして、着目するのは首の後ろの冷えと熱の加減、お腹の冷え具合です。

老子道徳経第五十二章詳解(5)

圭表と観象台

 

圭表とは、太陽が真南に来た時に太陽の影の長さを測る道具です。

 

最も長くなる時が夏至、最も短くなる時が冬至となります。

 

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授時暦に記載されている圭表機

 

観象台とは、ここでは現在一般的になっている天文観測や日照観測の天文台ではなく、道徳経が著される以前の夏王朝時代に使われているとされる、陶寺観象台の事を指しています。

 

この陶寺観象台は紀元前2000〜2500年前の堯の都と考えられているもので圭表の一種ではありますが、日の出の位置を計測することで四時(四季)を決めるものです。

 

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陶寺観象台1

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陶寺観象台2

 

つまり、圭表の影で計測する場合は影の長さだけになりますが、観象台は柱の間から差し込む光を観測する事で長さと同時に何番目の柱と何番目の柱の間にあるかで陰陽の推移を正確に計ろうとしており、これに準じて64卦の順番を考えていたのが老子やそれ以前の観測法、そして玄同64卦ではないかと言う事です。

老子道徳経第五十二詳解(4)

玄同八宮六十四卦とは、

 

 老子道徳経から周易の空間と時間を考えたものですが、基本は陶寺観象台から観られる太陽の位置と長さ、京氏易伝、邵雍の皇極経世書から作られています。

 

 マニアックになりすぎると分かりにくくなる為、簡単に書くと、

 

 一般的に知られる易は孔子儒教から発展しながら、易占に使う事を主体として構成されている為、物理や科学にも合致するように考えた結果この玄同八宮六十四卦を作ったようです。

 

 老子道徳経は繋辞伝と同じように、哲学的な側面ばかりがクローズアップされていますが、道徳経の中に隠れている六十四卦から卦の変化、順番などの規則を割り出すことで、夏・殷・周、更にはそれ以前の天体観測、日照時間の観測法があり、それこそが見えない陽気を観る為のシステムだっのではないかという事です。

 

 象・数・理を1つにする為には、これは数に偏った側面がある事は否めませんが、

一考の価値があると思っています。

 

そして、老子道徳経第五十六には、このように書かれています。

 

【読み下し文】

知る者は言わず、言う者は知らず。その兌を塞ぎ、その門を閉じ、その鋭を挫き、その紛を解き、その光を和し、その塵に同じす。これを玄同という。故に得て親しむべからず、また得て疎んずべからず。得て利すべからず、また得て害すべからず。得て貴ぶべからず、また得て賤しむべからず。故に天下の貴となる。

 

【直接解釈】

道を知る者は口に出して言う事なく、口に出して言う場合は道を全て現している訳ではない。目、耳、鼻、口等の穴を塞ぎ、門を閉ざして鋭い切っ先を表すことなく、世間のもつれを解いて、その輝きを和らげながら、塵の中に混じっている。これを玄同(道)という。これを持つ人には気安く近づけず、遠ざかり疎んじることもできない。利益を得させてもいけないし、損害を被らせてもいけない。むやみに彼を貴ぶ事もいけないし、卑しめることもできない。こう言う人が天下の人から尊敬されるのだ。

 

【私的解釈】

道は大きく、広く、無限なところにその人の智恵と経験からつくるもの(太極)なので、本当に分かっている人は軽々しく話すことはできない。軽々しく道とはという人は信頼に値しない、なぜなら全く理解も感得もしていないから。

 

兌(卦)という欲望の源を挫き、門を塞(蹇)ぎその紛らわしさを解(雷水解)き、その光(明夷)を調和させ、、、これを玄同(知る者が言わないことを敢えて言える最大の範囲で表現した道)と言う。

 

この兌為沢 f:id:shuji0211:20170511205535j:plain[陽陽陰陽陽陰]から陰を増やす事で、水山蹇 f:id:shuji0211:20170511193550j:plain[陰陰陽陰陽陰]、雷水解 f:id:shuji0211:20170511193620j:plain[陰陽陰陽陰陰]、地火明夷f:id:shuji0211:20170511193355j:plain[陽陰陽陰陰陰]の3つの卦に派生している、基本を兌為沢とした変卦の中にある事を示しています。

 

兌為沢 f:id:shuji0211:20170511205535j:plain[陽陽陰陽陽陰]は沢水困 f:id:shuji0211:20170511194222j:plain[陰陽陰陽陽陰]→

沢地萃 f:id:shuji0211:20170511194120j:plain[陰陰陰陽陽陰]→沢山咸 f:id:shuji0211:20170511192705j:plain[陰陰陽陽陽陰]→ 

水山蹇 f:id:shuji0211:20170511193550j:plain[陰陰陽陰陽陰]という流れは一番下から変爻していく流れであり、水山蹇から雷水解、雷水解から地火明夷も同様の変化を起こしている事を示しています。同じように水山蹇、雷水解、地火明夷を辿って変化を観ると16変卦となりますが、短文の中ではこの端緒を示す事が最大のヒントであり、そこから自分で感得していくべきだと話しているのだと思います。

 

【原文】

知者不言、言者不知。塞其兌、閉其門、挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵。是謂玄同。

老子道徳経第五十二章詳解(3)

夏至が最も古く観測された節気であり、坤は四象としては乾坤坎離という四象の観点でみて、乾(北)、坤(南)、坎(西)、離(東)となりますが、

 

六十四卦に配当すると、この四象にはそれぞれ16卦が入ります。

 

玄同八宮六十四卦という考え方を用いると、

坤から数えて13番目の卦が雷風恒 f:id:shuji0211:20170511192739j:plain[陰陽陽陽陰陰]となります。

 

夏至を雷風恒として、更にその中に16卦があり、その1つ1つの卦を柱として16の変化を観測したのがこの観象台です。

 

では、この16卦とは何か?という疑問が湧いてきます。

 

これは玄同八宮六十四卦を知らなければ分からないので、次にこの玄同八宮六十四卦について書いていきます。

老子道徳経第五十二章詳解(2)

観象台での基本は、

 

夏至秋分冬至春分四象として、

 

夏至は雷風恒  f:id:shuji0211:20170511192739j:plain[陰陽陽陽陰陰]

秋分は水火既済 f:id:shuji0211:20170511205751j:plain[陽陰陽陰陽陰]

冬至は山沢損  f:id:shuji0211:20170511193653j:plain[陽陽陰陰陰陽]

春分は天地否  f:id:shuji0211:20170511191613j:plain[陽陽陽陰陰陰]

を配当します。

 

これは、説卦伝の雷風相博、水火不相射、

山沢通気、天地定位と相応するものです。

 

聖人南面すと言う言葉を字義通りに解釈すると、圭表を使うのではなく、観象台からの日の出の観測の方がしっくり来ています。

老子道徳第五十二章詳解(1)

    古代農耕の為の日照時間の計測には圭表を用いて、日陰の位置で測っていたと言われています。

 

しかし、夏王朝では圭表と並んで観象台から日の出が観られる位置を13柱のどこに来るかで判断する方法もあったそうです。

 

   この老子道徳第五十二章に書かれている文を大胆に解釈すると、

 

母は坤であり、子は坤に類するものである巽、兌、離となります。

 

坤の位置に日の出が現れる時が基準となり、

巽、兌、離を指標として夏至を決めたのが初めの日照時間の決まりだったと言う事です。

 

老子道徳経第五十二章

読み下し文

天下に初めありて、以て天下の母と為すべし。

既にその母を得れば、以てその子を知る。既にその子を知り、またその母を守らば、身を没(お)うるまで殆(あや)うからず。その兌(あな)を塞(ふさ)ぎ、その門を閉ざせば、終身勤(つか)れず。その兌を開き、その事を済(な)せば、終身救われず。小を見るを明と曰(い)い、柔を守るを強と曰う。その光を用いて、その明に復帰すれば、身の殃(わざわい)を遺(のこ)す無し。これを常に襲(よ)ると謂(い)う。

 

原文

天下有始、可以爲天下母。既得其母、以知其子。既知其子、復守其母、没身不殆。塞其兌、閉其門、終身不勤。開其兌、濟其事、終身不救。見小曰明、守柔曰強。用其光、復歸其明、無遺身殃。是謂襲常。

 

解釈

始めに乾坤があり、そこから坤を基本とする。

坤が分かればその子である「巽、離、兌」が分かる。

「巽、離、兌」の位置が分かって、「地雷复」(もう一度)を基準とすれば間違うことが内。「兌卦」を塞いでその門を閉じれば、一時氣の太極が分かる。「兌卦」を開いて「水火既済卦」に向かえば、太極は破れる。小さく見れば明確となり、陰を守れば強くなる。この光(指標)を用いて、明確に1つの事柄に焦点を当てれば太陽の動きを間違える事がなく、これを雷風恒(常)・夏至と言う。

 

ある研究家が解釈した、老子の言葉からの六十四卦を一年の太陽の動きに配当した考え方です。

 

雷風相博  雷風恒   f:id:shuji0211:20170511192739j:plain[陰陽陽陽陰陰]夏至

水火不相射 水火既済  f:id:shuji0211:20170511205751j:plain[陽陰陽陰陽陰]秋分

↓ 

山沢通気  山沢損   f:id:shuji0211:20170511193653j:plain[陽陽陰陰陰陽]冬至

天地定位  天地否   f:id:shuji0211:20170511191613j:plain[陰陰陰陽陽陽]春分   

 

 春分を天地定位の天地否、夏至を雷風相薄の雷風恒、秋分を水火不相射の水火既済、冬至を山沢通気の山沢損とした上で、夏至の中に16卦を入れて解釈しています。この考え方は夏王朝の四時節気卦の相互関係とされており、

 

十二消息卦にある六爻の陰陽盛衰による六十四卦は邵雍(前漢代)のものより古いものです。

 

十二消息卦の場合、陰陽消長平衡という視点だけに限ると分かりやすいのですが、他に応用する為に、現在の私はこの考え方で膨脹の始め・膨脹限界・収縮始め・収縮限界の四象に区切って考えています。