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無端如環

東洋医学を始めとして、色々な事について書いていきます。

両儀

無極、太極の次は両儀です。

 

なぜ、太極の項で陰陽学説を書いたかと言うと、太極は太極だけで太極となるものではなく、無極と両儀があってこその太極だからです。

 

無極を〇とすると、太極は1、両儀は2としてあらわされますが、これは易の全体像を示す際の数で、数も理も象(イメージ)も見る大きさによって異なります。

 

つまり、鍼灸での太極は易全体を示す際の1と太極の中の陰陽(両儀)の変化を見る際の3と言う2つの概念が隠されています。

 

分かりやすく言うと、最初に立てる太極は気一元であり、それを見るために太極を気血の陰陽として観ています。

 

さて、両儀についてですが、易全体の流れとしては、1と言う太極から2と言う両儀へ分かれていますが、この2つは、陰属性からなる陰儀と陽属性からなる陽儀とがあります。

 

物事を2つの側面から見る、或いは2種に分類する事です。

 

例えば、地球全体であれば天と地。1日なら昼と夜。人であれば男と女、父と母。人体であれば上と下、前と後、左と右と言うように。

 

  1つの概念を2つの特性、属性によって分類します。

 

これを太極として見ると、地球全体であれば、天候による地面に生えるものの変化やそこから起こる気候の変化。1日なら、昼と夜の寒暖の差や季節による長さの違い。人であれば、男女の交際や結婚。人体であれば、上半身の動きと下半身の動きとの関係性から、腹部と背部の違い、そして左右のどこに重心がかかり、それによって波動や血流、意識などがどのような偏りを見せるかなどとなってきます。

 

両儀は、属性を分けるだけでそれだけでは実際の使用が難しいため、太極に落とし込む必要があるのです。

 

易で考えると無極と両儀があっての太極と言う意味がここにあり、これは四象、八卦にも適用されます。

 

物事を細分化する方法は、2の二乗でどこまでも細分化できますが、それを分析する為には、軸となるもの、或いは枠組みとなる考えが必要だと教えてくれています。

 

その為、易では奇数は天の数であり、陽の数。偶数は地の数であり、陰の数ともされています。

 

易占では、50本の混沌、無極の筮竹から、一本取る事(太極を示す)から始まり、2つに分ける(両儀)と言う考え方をしていますが、まさにこれを体現しながら、「至誠通天、至誠不息」と唱える事で、霊性を発揮する事ができるとされています。

 

まぁ…簡単に言えば、イチローがバッターボックスに立つ前のルーチンワークが無極から太極。バットを振ってみる動作が両儀。

バッターボックスに立って初めて、又無極から太極を形成し、天地と繋がると言う陰陽両儀を行なった上で力を抜く(太極に還る)ようなものです。

 

最後は、ちょっと分かりにくかったかな?笑