無端如環

東洋医学を始めとして、色々な事について書いていきます。

老子道徳経第五十二詳解(4)

玄同八宮六十四卦とは、

 

 老子道徳経から周易の空間と時間を考えたものですが、基本は陶寺観象台から観られる太陽の位置と長さ、京氏易伝、邵雍の皇極経世書から作られています。

 

 マニアックになりすぎると分かりにくくなる為、簡単に書くと、

 

 一般的に知られる易は孔子儒教から発展しながら、易占に使う事を主体として構成されている為、物理や科学にも合致するように考えた結果この玄同八宮六十四卦を作ったようです。

 

 老子道徳経は繋辞伝と同じように、哲学的な側面ばかりがクローズアップされていますが、道徳経の中に隠れている六十四卦から卦の変化、順番などの規則を割り出すことで、夏・殷・周、更にはそれ以前の天体観測、日照時間の観測法があり、それこそが見えない陽気を観る為のシステムだっのではないかという事です。

 

 象・数・理を1つにする為には、これは数に偏った側面がある事は否めませんが、

一考の価値があると思っています。

 

そして、老子道徳経第五十六には、このように書かれています。

 

【読み下し文】

知る者は言わず、言う者は知らず。その兌を塞ぎ、その門を閉じ、その鋭を挫き、その紛を解き、その光を和し、その塵に同じす。これを玄同という。故に得て親しむべからず、また得て疎んずべからず。得て利すべからず、また得て害すべからず。得て貴ぶべからず、また得て賤しむべからず。故に天下の貴となる。

 

【直接解釈】

道を知る者は口に出して言う事なく、口に出して言う場合は道を全て現している訳ではない。目、耳、鼻、口等の穴を塞ぎ、門を閉ざして鋭い切っ先を表すことなく、世間のもつれを解いて、その輝きを和らげながら、塵の中に混じっている。これを玄同(道)という。これを持つ人には気安く近づけず、遠ざかり疎んじることもできない。利益を得させてもいけないし、損害を被らせてもいけない。むやみに彼を貴ぶ事もいけないし、卑しめることもできない。こう言う人が天下の人から尊敬されるのだ。

 

【私的解釈】

道は大きく、広く、無限なところにその人の智恵と経験からつくるもの(太極)なので、本当に分かっている人は軽々しく話すことはできない。軽々しく道とはという人は信頼に値しない、なぜなら全く理解も感得もしていないから。

 

兌(卦)という欲望の源を挫き、門を塞(蹇)ぎその紛らわしさを解(雷水解)き、その光(明夷)を調和させ、、、これを玄同(知る者が言わないことを敢えて言える最大の範囲で表現した道)と言う。

 

この兌為沢 f:id:shuji0211:20170511205535j:plain[陽陽陰陽陽陰]から陰を増やす事で、水山蹇 f:id:shuji0211:20170511193550j:plain[陰陰陽陰陽陰]、雷水解 f:id:shuji0211:20170511193620j:plain[陰陽陰陽陰陰]、地火明夷f:id:shuji0211:20170511193355j:plain[陽陰陽陰陰陰]の3つの卦に派生している、基本を兌為沢とした変卦の中にある事を示しています。

 

兌為沢 f:id:shuji0211:20170511205535j:plain[陽陽陰陽陽陰]は沢水困 f:id:shuji0211:20170511194222j:plain[陰陽陰陽陽陰]→

沢地萃 f:id:shuji0211:20170511194120j:plain[陰陰陰陽陽陰]→沢山咸 f:id:shuji0211:20170511192705j:plain[陰陰陽陽陽陰]→ 

水山蹇 f:id:shuji0211:20170511193550j:plain[陰陰陽陰陽陰]という流れは一番下から変爻していく流れであり、水山蹇から雷水解、雷水解から地火明夷も同様の変化を起こしている事を示しています。同じように水山蹇、雷水解、地火明夷を辿って変化を観ると16変卦となりますが、短文の中ではこの端緒を示す事が最大のヒントであり、そこから自分で感得していくべきだと話しているのだと思います。

 

【原文】

知者不言、言者不知。塞其兌、閉其門、挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵。是謂玄同。